由 緒 略 記 
今から約800年前ぐらい前、源頼朝が鎌倉に幕府を置いていた頃、粕壁の浜川戸に春日部重実
という人がおり、大袋・大沢・桜井・新方・増林あたりを領地としていました。この重実の子に実景、
そしてこの実景の孫に重行(春日部治部少輔時賢)という人がいました。彼は長い間相州(現在の
神奈川県)にある鶴岡八幡宮を敬神していて、しばしばの合戦にもその霊護を蒙ったので、遥拝
(はるかに礼拝すること)のため鎌倉時代元弘年間(1330年代)に鶴岡八幡宮を模してこの八幡
神社を造営したと伝えられており、森の一部は彼の館跡と言われています。
又、参道中央部には鶴岡の御神木の一枝が飛び来たり一夜のうちに繁茂したと伝えられる大銀杏
が空高くそびえています。
昔は、新方四十余郷の総鎮守で代々領主の守護神社であり、その後しばしばの栄枯盛衰もありま
したが、現在は春日部の総鎮守となっています。
■参道入口には、在原業平と当神社の故事を伝える「都鳥の碑」があります。
■昭和57年10月に御鎮座六百五十年祭を執行。御社殿等の大修造工事が実施され、記念事業と
して「薪能」が奉納され、その後一年おきに演能されています。
